Photo and words
「私のしるし」
新しい町に暮らす
スーパーで
財布を出そうと かばんを開けると
布の使い古しの薬入れが 目に飛び込む
知らぬ人ばかりだ あたりには…と
黒い靴に 目を落とした
私は これから
新しい顔を 持てる
声色を 変えてもいい
道を歩き 立ち止まったら
首を 左に折る癖を つけてもいい
虫眼鏡のように 指で丸を作り
信号機を 覗いてもいい
一着のワンピースを
毎晩 洗って干して
翌朝も 同じ服を着よう
地球にいっこの 月のように
私に 一着の服がある
それが 私の しるし
「わたしのおでかけ」
はじめまして
そらいろの オーバーコート
ママについてきた
ざっかやさんで
すてきね にあうねと ほめられたの
はずかしくなって
あとずさりしたら
とっとん くつがおどったの
わたしの あしを
ならして おどったの
ママとおそろいの
スカートは
きょうの おでかけに
つくってくれたの
おそろいね いいねと ほめられたの
はずかしくて
おててが ポケットにもぐったら
ひらひら スカートを ゆすったの
もう いっぽ あとずさりしたら
かったん かったん
オーバーコートが
わたしのうでを ふったの
「100対0で私に会いに来る」
誰が決めたのか 知らないが
次から次から
目まぐるしい日々がやって来る
早めに 寝床に就き
夜中に 寝返りをうったとき
この頃…ふと 背中に誰かの気配がする
その誰かは 夜中の私の机に座って
「ここは 最高だね」と
ずる賢いオーラを放ちながら 言って来る
邪魔じゃないし 嫌じゃないし
来てくれてもいいと 言ってあげる
あるとき 私が
「今夜は 人が来ない 裏庭に
踊るように 灯りを並べ 一緒に眺めよう、
私が 人間のぬくもりを消せば
身体の見張らしも 良くなって
心と心で会えるから」と 誘うと
その誰かは
「それ以上 言わないでください
私には 無理ですから…
私は 机の所にしか 出ないですから」と言った
真夜中の 私の机にいるだけの
会う手立ての無い 誰かが
腹立たしくて 恋しくなる
本当に、ずる賢い口を利く、
「100対0で 私に会いに来る」
と言うのだから
「犬人間」
行く当ても無く 町を出て
姿知らぬ両親を 星空に見上げて
道を 歩いていたら
電信柱の 電気のもとに横たわる
痩せて抜け毛の
ぼろ雑巾のような犬を 拾った
凍るような石塀で ペットボトルの水や
パンをくだき 口につけてみたけれど
海底の カメの甲羅より 死んでいる
犬を抱いて スーパーの駐車場の
自動販売機に 背をもたげ 膝を立てる
自動販売機の中の 電気の音が温かい
パンを ひとつまみ 口に入れると
ふと 今日まで 生きてきたのに
どうやって 生きてきたのか
よくわからない
月の色か、黒い犬か、
どんな色が 好きなのか
好きな色が わからない
自分の生かし方も 壊し方も知らない
生きていると 思った事がないのに、
犬の母親でもない 父親でもない
人間の心臓も 犬の心臓も
見た事も 聞いた事も ないのに、
犬を拾う
ふいに 喉の奥が 煙たくなる
「犬人間」になったようだ
云とも寸とも言わない
無言の犬と 自分が
温かく 壊れている
「なわとび」
なわとびは
ちきゅうのこどもの あかし
おおあめも おおゆきも
たいふうも かみなりも
こころのそこから
ともだちに なりたがっている
なわとび ひとつもてば
ぜんぶのくにの もんがひらく
おおむかしも みらいも
このことは かわらない
なわとびしらない くにの こに
わたしのなわとび とどけたい
りっぱなはねの
わたりはくちょうは
どこに いますか
「家を畳む」
窓のカーテンを 取り去ると
真暗な夜が ドシンと床に落ちた
教会の 讃美歌を
松のほこらの
リスの家族が 聴いている
星の一つも
訪ねてくれたらいいな
ペンライトを床に置いて
思い出を折り畳んでいたら
階段を這い上って来た
母のエプロンから
銀紙のおにぎりが
キラキラと床に転がった
「ことばになりたい」
ことばに あいたければ
むりょくでなければ ならない
ことばのそばに いたければ
めも みみも くちも からだも
とじなければ ならない
ことばの こえを ききたければ
くうきを さわってはならない
こえを すてなければならない
ことばに さからってはならない
かなしみ いかり
ぶんなぐられ みっぷうされ
ことばの とおりまさつじんを
うけなければならないことばは ねがわない
ことばは すくわない
ことばは いのらない
ことばは ひからない
ことばに しあわせはない
ことばに かみさまはない
ことばに なりたければ
ことばを つかってはならない
「光光光」
雨まみれの このごろ
光光光 光光光
光りが欲しいんだ
はかない光でも
閉じ込められたいんだ
やつれた光でも
身体にもぐってほしいんだ
くたびれているんだよ
あたたまりたいんだよ
光りの魚になって
雨空を およぎたいんだ
光りの魚の骨になって
ベッドに 捨てられたいんだ
光光光 光光光 光光光
「帰ろうよ」
たくさんの言葉を 肺を開いて喋り
都会の大海原を 赤い金魚のえらで泳ぎ
いろんな自分を つかいまわして
いろんな自分を いっぱい 死なせた
すこしの言葉で ゆっくり話そうよ
嵐のように 話したら
口も耳も 顔も やぶけてしまう
思い付く ちいさな言葉で 話そうよ
息を リュックのなかで
あたためるように 話そうよ
ふるさとが
ひとつも みあたらない
電車に 揺られようよ
自分の足跡が 転がっている
あの町へ 帰ろうよ
「壁を置いて行く」
季節はすぎていく
にぎわう声を残したまま
次の街へ向かおうよ
人々の憧れを たくさん配ったけれど
時間が来た
配りきれないから 片付けよう
別れの挨拶は 出来なかったし
過ごした時間は 振り払えない
ここは 夢で見る場所になる
次はもっと遠くの街へ行ってみようか
生きた証なんて 大げさなものも無い
それよりも 私は
家族にしても 家にしても
仕事にしても 何にしても
頼りなかったかもしれない
遠い街から
あの壁に 挨拶をしよう
楽しい日々を 生きてください
ありがとう
心配しないで
もう 戸惑わないよ
「つづりかた」
うれしさは パレードのように やってくるもの
かなしみは つきのひかりに だっこして もらうもの
よろこびは チョコレートいっこ ほおばるように ほほえむもの
さびしさは ことばがはぐれること
くるしさは こえが こわれてしまうこと
しあわせは あさの コップのみずに さしこむひかり
むなしさは ゆかにとびちる しょっきあらいの みずのきもち
くやしさは じめんにつきささる あめに いいつける
ゆうきは たくさんのはっぱが かわのせせらぎを おりてくるさま
やさしさは ていねいに ことばを くばること
あこがれは じぶんに あげたい さいこうのもの
いとしさは なまえがよばれること
きぼうは せかいじゅうに たべものとみずが まいにちあること
ほこりは うまれてきたこと
なみだは てんしの はねになって うつくしく そらにたびたつもの
「楽園」
季節の無い日に出会いました
かぼそい道の両脇に
丸く刈られたつつじが
一列に並んで座っていました
はらはら飛んでいた 沢山の雪虫が
あたりじゅうの 悲しみを
どんどん 飲み込んでいます
ぽっかりと空いた心の先に
「楽園」がありました
のろのろと楽園に入ると
世界がはずされていました
家もいらない 時間もいらない
季節もいらない 学校もいらない
両親もいらない所です
妹は 楽園に出会ってしまいました