Photo and words
「みずみずしい悲しみ」
あるお宅の 美しいしゃくなげを
見上げていると
私の悲しみは みずみずしいと
話しかけて来ました
もしも 一大事が 起きて
私の命が 消えたあとにも
私が 居た この場所で
かならず 何か
生きる ということが はじまる
だから 私は
どこかに
消えてしまっても
うるおいます
私の悲しみが みずみずしいことを
誰かに
話しておきたかったのです
「愛の世界」
ペンギンの お腹くらい頬ばったね
これを飲んだら 席を立つんだよ
外に出たら
パパと 背中合わせに 歩き出すんだよ
少し行けば ママが待っているからね
君の足音は
君が どこに居ても どこまで行っても
パパの 心の中に聞こえるから 大丈夫だよ
あのね 内緒だよ
君にあげたいものがある
ポケットに仕舞って 持って来たよ
両手のひらを開いて 出してごらん
君が これから生きて行く 世界の名前だよ
乗せるよ 青空で出来ているよ
「愛の世界」
「美しい孤独の海」
私の部屋が 天空に浮かび
光の飛行船になって
果てしなく流れて行く
夢のような夜でした
「一万年に一度
海面に昇る 人魚が居ります」
その機関士が言いました
たどり着いたのは
果てのない宇宙の 星の海原
無音の光りの 美しい海でした
人魚は 海面に現れませんでした
暫くすると 小さな泡が
次から次から 声をひらきました
「ここは秘密の場所です
私の美しい孤独の海を
奪わないでください」
私は黙って飛行船を飛ばしました
果てがなくひとりで生きる
人魚の涙が
美しい孤独の海を作っていたのです
「ラッパの天使」
ラッパの天使が言いました
海にあるものを
少し教えてあげようか
嵐の日には
海が奏でるリズムで
魂の涙が 踊っているんだよ
静かな海の雨ならば
剥いてあげた 疲れた命が
身体を 伸ばしているんだよ
雷が縦に立つ日には
潮騒が 泡をまとって
人魚姫に 足を付けてあげるんだ
どれもこれも
一生に一度の
大切な事なんだよ
永遠に繰り返しても
一生に一度の
大切な事なんだよ
「孤独の事を教えたいです」
泣いては 又泣いている その人に
孤独を持っていますか と聞いたら
持っていない と言った
孤独を 持っていないと
孤独は 目がつぶれるほど涙しますよ
と 私は言った
孤独を 持っていないと
孤独は あなたの髪の毛を切りますよ
孤独を 持っていないと
孤独は あなたの身体を傷つけますよ
孤独を 持っていないと
孤独は 街に出て悪さをしますよ
孤独を 持っていないと
孤独は 死にたい日が増えますよ
孤独は あなたの抜け殻が欲しくなりますよ
あなたは 孤独が足り無さすぎます
孤独を 少しでも持てば
あなたの涙は ぴたりと止まります
孤独を 傍に 置きたくなります
孤独と一緒に 眠りたくなります
孤独の中で あなたは守られます
「鏡の門出」
家に来た 立派な鏡に
景色を見させたいと思い
一日 あっちからこっちから
良い景色を探した
寒い午後に
千鳥格子のコートに袖を通し
100円ショップの
100円の額縁を見繕う
金色の額縁が
黄色いひまわりの顔に
きっと似合う
目の奥に 思い浮かべながら歩いた
私の気持ちに見合う
小さな景色から 見てもらいたい
鏡の想いに見合う
大らかな景色を 一緒に見たい
くじらがおよぐ 海原かもしれないし
牛が寝ころぶ 草原かもしれない
立派な鏡に
良い景色を見させてあげたい
私が祝う「鏡の門出」を
鏡は 嬉しく受けとめてくれるだろうか
「ぼくは ぼくだけで うごいている」
いま くち きけないよ
はてしなく はしり つづけている
きけないよ
いま こえ かけないで
てがみも にもつも よこさないで
ぼくは ぼくだけで うごいている
あめも かみなりも はいれない
ははも ちちも はいれない
いきるも しぬも
ぼくには ついてこられない
ついてくるのは ぼくのなみだだけ
どこにいこうと ぴたりとついてくる
いま ぼく よばないで
こえのひだを みせないで
うずまきの こえのイバラをもっている
ねこになって ふとい きにのぼり
にゃあにゃあ と ないて
はっぱに まみれたら
けを いっぽんいっぽん
スケッチブックに ならべて
かおりを かいでいる
ぼくは ぼくだけで うごいている
いま めを とじている
いま くち きけないよ
「恋友達」
どこにも行かない 移ろわない
一生ふたり 破らない
帰ると言わない 歩き出さない
やっぱり帰る お腹が空いたの
しゃがんだ 目を 立たせ
小走りで 消える
わたしは どこに すんでいたか?
てるてる坊主か 猫の置物か
水か 氷か コップの縁か?
あのね、空気の柱で 泣いていたよ
しかたないよ
育ち方も 行くところも 違うんだ
カーネーションと オオカミくらい
バイオリンと スコップくらい
すべりだいと 魚船くらい
「母の月」
母がもう居ないその年の
冬の空の まあるい月灯りを
母の真似をして
上がらない腕の 指先をのばし
透かして 見ていた
言葉を持たない 月灯りは
指先をすべり降り 床に立つと
闇を手にしたように
影遊びをして
すきま風より 笑った
感情を持たない 月灯りは
私の「悲しみ」を 嬉しそうに
「貰う」と 言ってくれた
月灯りは
雪の地面の 一番下にもぐり
命の長い 氷の結晶になって
冬の終わりまで そこに留まって
私の悲しみを 抱いた
私を 特別扱いしてくれた
「はさみの花」
私のはさみ
指をすべって 床に立った
美しい花びらになって
咲いてみたいのかな
めずらしい花になって
皆に駆け寄って貰いたいのかな
はさみの花よ
パラフィン紙につつまれて
礼拝堂に 飾って貰うといい
皆の祈りを聞いてあげるといい
はさみの花よ
刃を 剥きだして笑うといい
頬をとがらせて 泣くといい
私のはさみよ 自由になってほしい
部屋の 新幹線の音は飽きたでしょう
外国に行きたくなったでしょう
雲の上を 歩いてみたくなったでしょう
そうして 近所の猫に笑われたら
もう一回 私の机に帰って来てね
それまでは動かさない はさみの花