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「家を畳む」
窓のカーテンを 取り去れば
真暗な夜が ドシンと床に落ちるだろう
教会の讃美歌の炎を
松のほこらのリス達がながめるだろう
私の部屋に星の一つも
訪ねてくれたらいいな
ペンライトを床に置いて
思い出を折り畳んでいたら
階段を這い上って来た
母のエプロンから
銀紙のおにぎりが
キラキラと 床に転がった
「私のなりたち」
命の てまえに 生きるがあって
生きるの てまえに 起きるがあって
起きるの てまえに 身体があって
身体の てまえに 言葉がある
言葉の てまえに 音があって
音の てまえに 温度があって
温度の てまえに 酸素がある
酸素の てまえに 海があって
海のてまえに 地球がある
地球のてまえに 魂があって
魂のてまえに 宇宙がある
宇宙のてまえに 神があって
神のてまえに 幻があって
幻のてまえに 意思がある
私は 意志で 出来ている
「ねているきみの まくらもとへ はいたつ」
悲しみの下に 怒りがある
怒りの下に
チャックで封した
美しい赤色の 拳が入っている
悲しみは 自動ドア
自動ドアは 不自由
鍵が 無い
喜びは 手動ドア
手動ドアは 自由
鍵が 有る
ご飯 ひと口が
命を 造り出してくれる
ご飯 ひと口が
前に 進ませてくれる
「一日というものは」
一日というものは
直立のものもあれば
斜めに傾いているものもあり
膝を抱えているものもあれば
横に寝転がっているものもありますが
すべての一日には
明日が見えているそうです
その日も
身体いっぱいに光を溜めて
あわてないで
こぼさないで
過ぎてゆきます
いつか
光を溜められなくなるまで
生きるきまりだそうです
「秋のちらし」
星月夜
夏に花火を見た窓枠に 冷凍枝豆を並べて
いななく星を見て 食べ続ける
秋の野を
ストール巻いて 散歩して
冷蔵庫の 白いパック牛乳みたいに
冷えて硬まる
たまには 別のスーパーへ行ってごらん
教会の鐘を
焦がし始めた陽射しが
秋のちらしを持って
すり寄って来ると
町の皆が 噂しているよ
「おかあさんの日にはなすこと」
昼間は 段ボールに 耳を寄せた
おかあさん ありがとう
おかあさん ありがとう
花のはなしを くりかえし聞いていた
ゆうぐれに 雲に 火がつくと
かいぶつ雲が 跳ねたり
にんげん雲が 飛んだりして
わははわはは と笑いあった
夜のとばりが そこに 来て
屋根も空も私の物 と言うと
部屋の 電気が
私が先に取ったもの と言い
おかあさんが見ていたので
どっちも つくだまった
「夏のスリッパ」
夏が来て スリッパ並べれば
夏の景色が 床にひらく
電車の中で 闇雲に汗ふいて
駅を出たカフェに もぐり込んだ
舗道を歩く人々の 涼しそうな姿は
ソーダ水にささる 白いストローみたい
灼熱の陽も止まる 赤信号
おばあさんの押し車が カラカラ跳ねる
「春一番」
風を切り刻む 春が
やっと 光のうがいを しはじめる
地上の 生きとし生ける物たちの
だれかれ構わず 冬を断ち切る
破れていく景色が
我よ我よと 私の目玉に座りに来る
今年は 電線にかかる枝 切ったんだね
ごめん わたしは
君を目の前に見てた家を 引っ越した
木が まぶたを腫らして 私を見つめる
私は 産まれたばかりの赤子に初めて触れるように
息を殺して いま開きゆく景色を 見つめ歩き出す
「桜が去るので 訊いてくれた」
桜が 去るので 訊いてくれた
私が 心の中だけで 生きている時間に来て
私が 心の中だけで 歩いている時間に来て
あなたの身体は 何もしていなかったのか
私の身体は 小説を書く為に
食べて寝て起きて 明けて暮れていたよ
もっと したい事は なかったのか
桜に会えたら 一年 申し分なく暮らせる
それで 駆け足で 会いに来たよ
「ママをやすませる」
わたしに おとうとが できた
ママ おとうとを うんでくれて ありがとう
ママ わたしを そだててくれて ありがとう
ママ わたし ママを てつだいます
わたし おりょうりをする
リンゴをチンして バターをかける
キュウリを あまずでつける
コンソメのやさいスープ たっぷりつくる
はんぶんたべて つぎのひは クリームシチュー
おそうじも せんたくも します
おふろもあらって わかします
べんきょうも まいにちするから しんぱいしないで
ママは コーヒーのんでいて
ママに ゆっくりしてもらいたい
わたし ママの やくにたちたい
「冬のハミング」
三角の屋根伝いに 雪は降りて
何千もの蝶が 滑っているように見える
それは 瞼が閉じてしまいそうな
冬のハミング
ゆっくりと 昼空を
ふさいでしまった
くぼんだお腹を みつけた母が
ドーナツを たくさん揚げて
粉砂糖を
ひと握りの 海岸の砂くらい 降らせた