「本日も休診」の舞台がはじまる。

「本日も休診」
明治座 11月12日~28日


主演 柄本明 花總まり 渡辺大輔 能條愛未 中島早貴
キャスト佐藤B作 松金よね子 ベンガル 笹野高史
「本日も休診 明治座」公式サイト

私がいつも通うお山の病院の
今は亡き大院長先生は、医者であり作家です。

「本日も休診」の連載を数多く出版し、
昔、森繁久彌さんが院長先生を演じ、テレビドラマ化されました。






嘘か本当かわかりませんが、
家の廊下を歩くと板っぱちがバリッと音を立てて、
床に穴が開くというような喜劇です。



先生のご自宅に「まるでベルサイユ宮殿のような門が果てしなく続いているのだ」という想像をしていると、
黒いハイヤーを先生の家の門の前につけて、すっと降りて来た貴婦人がもじもじと恥ずかしそうに、

「オトイレ オカシ クダサイませんか」と仰って、
先生も、大変に恥ずかしながらも、おトイレをご案内したところ、それは、「音入れ お菓子」という、那須の土産屋に売っている、「かわらせんべいが丸まって中に鈴が入っている」というお菓子の事だった。

という話がある。




往診は先生の日課であり、たいそう惚れてしまったある農家の奥さんの所に度々行っては、旦那が畑に出ていないところで、イチャイチャとやっていたのだが、
その日は「今日は、旦那のバイクが無いじゃないか」と、喜んで家の中に入って行ったら、
既に用意周到に、なんとも布団を被って寝ているではないか。
それで思い切り、ガバッっと布団に食らいつくと、
中から、「なにぃすんだー」と旦那の声がする!
言いわけがつかなくなって、
「オレは、おめえのことが、ずぅっと好きだったんだ」と、旦那に言ってしまった。

のである。




先生は、「僕の家には、布団は一組しかない」と言うのです。
「おかあちゃんは、夜寝るだろう、僕は昼間寝るから、交代で済むんだよ」と言うのです。

これを聞いた地元の皆さんは「井戸端会議」のうわさばなしが楽しくなって仕方ないというものです。

だいたい、先生は、真夜中に、
「ダンテ」という巨大な真っ黒い犬と散歩していました。




私は先生に、最初に自分のエッセイを7本持って行って読んで貰った事があるのですが、
「君が頭が良すぎるんだか、僕が頭が馬鹿なんだかわからないが、
何が書いてあるか、宇宙人みたいで、わからない」と言った事があります。

また私が「ベガー・ヨシジ」という本を出した時は、
「よーく書けている」と電話を掛けて来て言ってくれたのです。

新聞の随想の連載を貰ったときは、「だんだん一人前になって来たな」と、
はがきを送ってくれたのです。



私は、この病院に度々入院療養するときがあり、
それはある早朝の事ですが、先生が診察室で書き物をしていたのです。
「真夜中に山で事故があれば『死亡診断書』を書くのは僕の仕事だ」と言い、
その他の時間は、病院には来なくなっていた頃です。

書き終わって廊下にバイタルで並んでいた私の所に来て、
「なんで君がこんなところにいるんだ」と、グレイのストールの肩を直しながら言ったのです。

たまに町のレストランなどで会えば、
「世の中の男は見る目がない、なんで君のような器量良しが結婚しない」と言うのです。

2人の小さな子供を連れて、先生のご自宅に少しお邪魔した時がありますが、
私達が挨拶をして玄関を出て来たときに、奥様が駆けて来て、
「これは、おとうちゃんから」とお札を私の手に握らせてくれました。




それから私は先生の万年筆をひとつ奪いました。
それから、先生がこの世から居なくなり、家が片付いて行く時に、
芝生の庭と家の角にある棚から、先生の「欠けた竹の形の灰皿」を奪いました。
(もちろん現在の院長先生(ご子息様)にご了承を得ておりますが・・)

私も、暮らしに困り、様々な本を手放して来ましたが
先生の本だけは、売り払っていません。
先生の貴重品も、売ってはいないです。
「先生、一円のお金にもならないんですよ」
嘘です、すみません・・・お金では買えないものです。


先生を慕っていらっしゃる地元の方々には及びませんが、
私も陰ながら、いつも先生を想っております。


病院に療養したときには、師長さんが、
「お線香をあげてきていいよ」と言ってくれます。
その部屋は先生の思い出の品々が沢山あります。
行って来ていいよ、などという奇特な方々がいる、奇特な病院なんです。


私が、ときどき通う病院の内省の話を、初めてしました。


「本日も休診」が舞台でやるのでなければ、しなかったと思います


先生を慕う大勢の皆様は、待ち望んでいたと思う舞台がはじまります。







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