Photo and words
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「私のこと」
空がたなびいている
閉じていた心が
あっという間に開く
孤独は好きだけど
孤独が居ないと生きられないけど
景色を貰わなければ
孤独は死んでしまう
景色と一緒に
孤独を大事にしている
街が起こされる
私も起こされる
一人では生きられないから
皆が起こされる
朝を大事にしよう
私の心が届くところまで
朝が向かう
練習を空想の練習をしよう
ススキが激しく揺れている
私に運動というものが
ひとつもないから
風は砂を連れて来て
ススキに浴びせている
昨日 玄関で
転んでしまった
おぼつかない足を
私に諭そうとしている
何の運動をしたらいいだろう
「明日に 渡される」
花火が あがり
空が けぶっている
夏まつりを
部屋の窓ガラスの
向こうに眺めた
見に行こうと誘われて
行けない私がいる
そろそろ 誘わないで
ずっと 行けないから
もう覚えておいて
誘われると
身体が氷のように凍るから
友達なんか
ひとりも居ないから
花火の色が 足りないけど
いつかの春が 沸いている
死んでしまいたいと
思っていたのに
外の匂いは わからなくても
心にぽつんと
毎日座っている 勇気が
明日に 渡される
その事を 知っているから
空が けぶった
花火の写真を
捨ててはいけない
「野放しの幸福」
身体ひとつで
暮らしたい
メガネふきは
捨てたい
パソコンのキーボードが
壊れてしまえばいい
アイライナーを
夜の星に結びたい
マリーアントワネットのビンにさした
爪切りを ビンごと土に埋める
好きとか 嫌いとか
思わなくていい
なにをどう思うのか
心にのぼって来なくていい
出来るとか 出来ないとか
苦しいとか 辛いとか
心をこめて 思わなくていい
ダリアの首が水に浮かぶ
明日はもう
くびきひとつ 失せるから
誕生日に貰った 水中カメラは
大海原を ひとり泳ぐ
ジュゴンに 渡して
今日からは
何も 迷わなくていい
自由という
野放しの幸福を
手にしたのだから
「今日もさようなら」
私はもう7年ここに居る
水槽に貼り付いた唇を
ちょこっと開けて
流れて来る餌を吸い込む
お祭りの赤飯が
浮かぼうと
赤飯粒が流れて来なければ
それがいい
変わりない日々がいい
友達も来なくていい
生まれた場所も
わからないのだから
誰かに 何かに
会いたいと思わないほうがいい
約束をした事がある
けれども その日になったら
自分の姿形を
誰一人 持ち運べるわけがないと
振り出しにもどり
水槽に貼りついた唇が
小さい泡を ひと粒出して
今日もさようなら と言ってくれる
水槽を 泡の水にして
掃除する人間が
私の唇を はがそうとして
私が この世の力を
全部つかう日がある
「死んじゃいたいくらい疲れた日 出会ったもの」
1.ひきこもりの水槽の魚
2.ひきこもりの魚を待っている水槽の金魚
3.あてがはずれて明日が無い
4.私は廃墟の生き物
5.ひとときも寄りそわない美しいもの
「今年は 好きじゃない」
夏のカーテンを出して洗った
吊る下げてみたよ
心が 沸騰した
ビニールプールのようだよ
広げてみたよ
肺に 虹の空気が入って
縮んでくれないよ
部屋を見渡したよ
テーブルの両端から
大きなワシの羽が垂れ下がる
そのワシも
このカーテンの色に
うちひしげているんだよ
冬のカーテンのまま
夏を越そうかな
新しいカーテンを
作ろうかな
どんな色がいいかな
どんな模様がいいかな
自分の好きな色がわからない
衝撃的なこと
それだけで
毎日が
迷子になってしまうよ
このカーテンに 言ってもいいかな
「今年は 好きじゃない」
「都会にいた心臓」
ハトが歩く地面は
雲のよう
雨の空気が舞っている
パイプ椅子は
ビルのよう
組体操の練習をしている
キッチンカーの
ガスボンベの中は
どんな音がするのだろう
誰かが寄こした
無音の耳の中を
息子のかかとと
私は 歩いている
あちらこちらの
ロッカーが 口を開け
私の荷物を 呑み込んでくれる
「もうすぐだから」
湿った背中 湿った靴
赤い電気の扉 引かれた椅子
その
都会の裏に
いつのまにか
私達が外した
心臓があった
都会と故郷を
超えて 出来た
ささやかな力で
打ち続けている
「いつでも いつまでも ここにいるよ」
「中古カメラのおつかい」
あなたが
私を選んでくれたから
私は
あなたの為に仕事をします
私の事を
「画質が良い」と
皆に 自慢して
あかね空の 一番星よりも
輝かせてくれました
バッテリーが弱ったら
何回でも買います と言って
私の命を
大切に してくれる
だから
私は あなたの命の
おつかいをします
景色の中に
立ち止まる あなたに
私は 私から 自由になって
尽き果てるほど 木々を揺らしたい
あなたの 宵の涙の中には
私は SDカードから
姿を持って 現れ出て
あなたの そばにいたい
あなたが この世界の 冷血を見たとき
その夜 あなたの心の 血液になります
カメラの形を 失くしてでも
あなたを助ける 何にでもなりたい
あなたの命が
生き終わるとき
あなたが最後に 一回吸う
美しい空気に ならせてください
そうして
あなたと 空へ舞い上がりたい
「傘」
何色の傘を 持っていましたか
何本の傘を 失くしましたか
そのとき お母さんは怒りましたか
「ずぶ濡れになったね」と
頭の天辺から 足の先まで
タオルで 拭きあげてくれました
傘は いつの日も
僕達の雨に
寄り添ってくれましたか
小学校のかえり
ひとつの傘に ふたりして
何度入りましたか
部屋の中に タオルを敷いて
傘を広げて 乾かしたとき
玄関から そこにやってきた
僕達の 傘の弧は
地平線みたいで
その 地平線の向こうから
プッチンプリンが やってきました
「花見」
私は 言葉が下手でも
しかたない
振り向いて
娘が 居なくても
しかたない
野球場の こかげを
車の屋根に乗せて
持ち帰りましょう と
ホームの人達と 万歳した
肩に頬を のせて
うとうと 眠ったら
昔 死んだ犬が あの家に居て
金色の餌の鍋を 齧っていたの
皆で けらけら笑ったよ
太陽も 花も かじかんで
娘が 買ってよこした
薄手のジャケットを
介護士さんが 着せてくれた
何色か わからない
海老色じゃ ないかなあ
私は 海老が 大好きだから
今日も 誰かのメガネを
かけている みたいなの
だって こめかみが
きつくて たまらない
おかあさん 何やってるの
振り向いても
娘は いないの
「飼い葉桶の桜」
お寺の松の足許に
桜が集まって
この春は もうここで
眠るしかないと
話していたの
その声を
カラスが聞きつけて
拾われて来た みなしごの
飼い葉桶のかたわらで
話したの
2階のベッドにいた私は
スーパーのレジ袋を持って
慌てて 出て行って
桜を 一枚残らず
集めて来たの
みなしごの 痩せた木の
飼い葉おけに 水を張ったら
飼い葉桶の木が ぱっつり膨らんで
桜を 浮かべて 微笑んだの
飼い葉桶と 桜は
命の友達に なったの
ドウシヨウ
コレイジョウ ノ コトヲ
シテアゲラレナイ
飼い葉桶と 桜の
水を 張り替えながら
私の春を ささげたの
「さよなら桜」
飛び上がって
すべり出す
旅に開いて
見えなくなる
もう見えない
はかなくて
声も出ない
目を閉じて
別れをかみしめる
スズメの巣のために
南から来るツバメのために
ポツポツトントン ノックする
6月の雨が そこに来たせいで
私は十本の指で
桜を掴んで
空に放ち
さよならする
そうして
桜をかざったら
密かな森の風のような
耳鳴りがした
その密かな音は
何日も続いている
夜の耳を 傾けると
規則正しく
毎日 聞こえる
桜がいなくなったら
桜の森が
私の耳に出来ている
予感がする
「桜の心」
桜の花びらが 散っている
桜の心が みあたらない
乳母車を押した
おばあさんも 出て来ない
桜の心は どこへ行った
地震の町に 飛んで行って
壊れた家の郵便箱に
張り付いたのかな
桜の心は
山の 小さな沢をすべり
山の星と 空を回り
少し遊んでから
出掛けたようだ
神社公園のブランコが
ひとりでに揺れた
桜の心は
ここにも溶けているのかな
夕方も 土曜も 日曜も
子供達の笑う声の中に
溶けているのかな
「さくらのこかげ」
さくら木の おおきなこかげ
春がいる こかげ
わたしの ちいさなこかげ
いもうとがわらう こかげ
みじかい芝の こかげ
アリがささやく こかげ
ひとりぽっちの はぐれ鳥
ここで つばさを やすませて
わたしのいるこかげ
愛の こかげ
みんなのこかげが あつまると
神様のこかげ
「さくらの話」
さくらの話を 聞いたでしょう
さくらの花びら 水に溶いて
世界中の皆に 飲んでもらいたい
さくらの話を 聞いたでしょう
さくらの花びら 両手にすくって
窓の空ばかり 見ている
あの子に 届けてもらいたい
さくらの話を 聞いたでしょう
さくらの花びら 億千万枚
ショベルカーで
放射能の土に 埋めてもらいたい
さくらの話を 聞いたでしょう
さくらの私を 全て残らず
トラックに 積みこんで
地震の町に 届けてもらいたい
さくらの夢を 聞いたでしょう
一年中 花が咲いたまま
地球の皆の傍に 生きていたい
「桜とおばあさん」
あと5分くらいで 全部ひらくから
外に出てきて
そう話す桜は
すべりだいを楽しみにして
毎年 咲いてくる
冬の朝 目覚めたときは
木は くつろいでいたのよ
そう話すおばあさんは
日毎に ひからびる
道のフェンスを 眺めて通る
桜が 踊る日
手をつないで 私も踊るのよ
桜と いっぱい喜びあって
桜は 寿命になるまで
花びらを 撒いてくるの
いま 桜が いてくれる
なにもかもが
いっそう 丈夫になれる
「春のおばけ」
この頃は
血圧が
上が70 下が50になります
頭が 眠たくなったら
身体が ふらふらしたら
もう そうなっています
ベッドに横たわり
死んでしまう と思いながら
3時間くらい 目を閉じます
それから
身体と頭は 手を取り合って
3時間の冬眠から覚めて
ああ 又
美味しい物を食べられる と喜びます
けれども 明日
また 冬眠させられます
春のおばけ
早く どっかに行ってくれないかな
春のおばけ
私の何が そんなに好きなの?
毎年 私に 恋しに来てさ
「めぐりあい」
遠く聴こえた
渦の風は
土の 香りが
していました
私の身体の半分は
季節にさらわれて
いつ取り戻せるか
わからない毎日です
お腹が50倍
へこんでいます
ひと月後に 土を吹く
赤い花の音が
聞こえてきます
私は めぐりあい
その土を 見つめています
「ご飯の敷物」
季節がかわるとき
ご飯の敷物を
新しくしたい
新しい生地が欲しくて
喉の奥から 手が出はじめるんだ
そう言ったら
友達は 心の角っこで
壁に顔をつけて 笑うだろう
安い生地を見つけるまで
手芸屋に 16回は通うんだ
そう言ったら
友達は もう片方の心の角っこで
一本足のカカシを真似して 笑うだろう
出来上がって洗濯したら
片方の生地が 縮んでしまい
糸を引いてほぐしたら
ウエディングベール みたいなんだ
そう言ったら
友達は 心のブランコをキコキコ揺らして笑うだろう
もう いい加減にしてくれないか
二度と失敗しないで くれないか
私は生きているんだよ と、生地が悲しんだ
そう言ったら
私は 心の階段を逆立ち上がりしながら謝るだろう
「私は不安馬鹿です」
毎日 不安に なります
人に 言葉を言えるかな
人と 話せるかな
世の中で やっていけるかな
社会に ついていけるかな
私は ずっと 立てるかな
私は くずれおて しまわないかな
答えられないので、
私は「馬鹿」と言われたくなります
馬鹿になれば
馬鹿を 相手にする人も居なくなるし
生きるしがらみから
自由になれる と思うのです
そのかわり、私は
喜びや 嬉しさも 同時に手放します
悲しみや 苦しさも 手放せるといいです
「二度と世の中に出ない」と決められるでしょうか
死んだら、自動的に 決められます
死ぬまでは、年中、
「不安」になって、
「馬鹿」という生きる方法を、使うしかないのです